【武士道精神】乃木希典 日本の神様となった男の人生

【武士道精神】乃木希典 日本の神様となった男の人生

こんにちは✨矢島奈月妃です。

軍神と称えられ実際に神様となった軍人がいたことをご存知でしょうか?

その人物の名前は乃木希典のぎまれすけ

乃木希典の武士道精神を体現した生き方は国内のみならず海外からも高く評価されています。

そんな乃木希典がいなければ今の私たちは生きていなかったと言えるかもしれません。

近代日本に多大なる影響を与えた乃木希典。

では乃木希典とは一体どういった人物だったのか?

今回は乃木希典について解説します。

 

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乃木希典

乃木希典

乃木希典は1849年11月11日に江戸の長府藩上屋敷ちょうふはんかみやしき乃木希次のぎまれつぐの三男として生まれます。

幼名は無人なきとと言い「早死にすることなく成長してほしい」との願いを込めて名付けられました。

ですが幼少時は臆病で泣き虫のため泣き人なきとと言われたことも。

 

1865年に報国隊ほうこくたいに入隊し第二次長州征討を経験します。

そして1868年11月に後の帝国陸軍の原型となる伏見御親兵ふしみごしんぺいに入隊。

1871年11月23日に22歳で日本陸軍の少佐となり名前を希典と改めます。

秋月藩士の反乱である「秋月の乱」では第14連隊を率いて参戦しました。

西南戦争の失態

西南戦争

1877年2月15日に西郷隆盛が挙兵した西南戦争が勃発します。

乃木率いる第14連隊は2月22日に西郷軍と戦闘。

乃木は応戦するも戦力差や後続の敵を警戒し午後9時に後退。

 

ですがこの時に連隊旗れんたいきを持っていた少尉が討たれてしまいます。

そして西郷軍に連隊旗を奪われるという失態を犯してしまうのです。

連隊旗とは天皇から親授しんじゅされたものであり現人神あらひとがみである天皇の分身。

軍内においてこの上なく神聖なものとして扱われ絶対に奪われてはいけないものでした。

 

連隊旗を失った乃木は責任を感じ切腹しようとするが山縣有朋やまがたありともはこの件を不問。

ですがそれでも自害しようとする乃木。

それを止めるために同郷の友人である児玉源太郎こだまげんたろうは乃木の軍刀を奪います。

「死んで責任が逃れると思うか。死ぬことぐらい楽なことはないんだ。

なぜ一生かかって死んだつもりでお詫びをしないのか!」

児玉は乃木を怒鳴りつけて乃木は自決を思いとどまります。

 

その後の西南戦争で乃木は後方支援を主に担当。

これは乃木の精神を案じた明治天皇が前線から外すように伝えたためとされています。

そして西南戦争は9月24日に政府軍の勝利で終結。

乃木の命は明治天皇によって救われる形となったのです。

ドイツ帝国への留学

実直な軍人像として知られている乃木希典。

ですが当時は東京の料亭で大酒を飲むなど放蕩生活を送っていました。

そんな乃木の行動を母親は心配し嫁探しに奔走します。

 

そして乃木の結婚相手となる元薩摩藩のお七おしちを見つけるのです。

乃木は母親に押される形で1878年10月27日にお七と結婚。

お七は乃木家の家風に合わせるために静子に改名。

乃木の生活が変わることを期待していましたが特に変わることはありませんでした。

 

1879年8月に勝典かつすけが誕生し翌年には大佐に昇進。

さらに1881年には保典やすすけが誕生し2人は軍人となります。

1885年5月21日に最年少で少将に昇進するなど公私ともに恵まれた日々を送る乃木。

ですがこれでも乃木の生活は変わりませんでした。

 

そんな乃木の人生に転機が訪れます。

それが1887年のドイツ帝国への留学。

乃木はドイツを訪れてドイツ人の質実な生活態度や自国の伝統を重んじる精神に驚きます。

日本陸軍がドイツの軍隊を手本にするには武士道精神が大切であると考えるのです。

 

乃木はドイツ陸軍の全貌を学び軍紀の確保や軍人としての徳義が非常に重要であるとの復命書を執筆。

そして乃木は陸軍軍人の規範となることを目指し生き方を変えていくのです。

道徳上の義務を自らに課して酒を飲み歩くなどの行動を慎むようになります。

連隊旗を奪われてから死に場所を探していた乃木は国民の規範になることに生きる意味を見出すのです。

武士道精神については『日本人に刻まれし武士道精神』の記事をご覧ください。

日露戦争

旅順要塞攻略

旅順要塞

1904年に日本は大国ロシアとの戦争、日露戦争に臨みます。

ロシアは不凍港を求めて南下し東アジアの治安を脅かしていました。

乃木は日露戦争に従軍するため第3軍司令官に任命され遼東半島りょうとうはんとうに上陸。

この時に乃木は児玉と共に大将に任命されるのです。

 

そんな乃木に与えられた使命は旅順要塞りょじゅんようさいの攻略。

ロシアは旅順を清から租借し太平洋艦隊の基地としていました。

そんな重要拠点の旅順をいかに早く攻略できるかが戦争勝利のための大きな鍵。

 

乃木は旅順要塞に総攻撃を仕掛けるもののなかなか攻略できません。

さらに日露戦争において乃木は2人の息子を失ってしまいます。

その知らせを聞いた時に乃木は涙を見られないようにロウソクの火を消しました。

数多くの犠牲を払いながらも1905年1月1日に旅順要塞の攻略に成功するのです。

水師営の会見

水師営の会見

1月5日に乃木は旅順要塞司令官のステッセルと会見を行います。

これが歴史に残る会見となる水師営すいしえいの会見。

乃木は紳士的に対応し通常では許されない帯刀を許します。

いつ襲われてもおかしくない状況で乃木は決死の覚悟で会見に挑んでいたのです。

 

記者は会見写真の撮影を要求します。

「敵将に対し恥を残すような写真を撮らせることは日本の武士道が許さぬ」

そう言って乃木は1枚しか写真を撮らせませんでした。

軍人として敵の名誉を守ることを優先したのです。

乃木の会見時の対応は世界的に賞賛を持って報道されることとなります。

日露戦争の勝利

日本海海戦

旅順要塞を攻略した乃木は奉天ほうてんへと駆けつけ奉天会戦に参戦。

ロシアは多数の兵力を温存し戦略的撤退します。

そして5月27日の日本海海戦で東郷平八郎率いる三笠はロシアのバルチック艦隊を撃破。

艦隊が壊滅的になったロシアは日本と講和条約を結び日本は日露戦争に勝利しました。

ですが乃木は多数の犠牲者を出したことに責任を感じていました。

 

明治天皇

乃木は1906年1月14日に明治天皇に謁見。

自刃じじんして多数の死傷者を生じた罪を償いたい」と奏上そうじょうします。

「今は死ぬ時ではない。どうしても死ぬというのであればちんが世を去った後にせよ」

と明治天皇は乃木を説得。

乃木は西南戦争に続きと日露戦争でも明治天皇に命を救われたのでした。

昭和天皇と乃木希典

学習院

明治天皇は学習院の院長に乃木を任命し乃木に生きる意味を与えます。

学習院は皇族の子息が多く入学する学校。

明治天皇の孫である迪宮みちのみや、後の昭和天皇も学習院に入学します。

迪宮は東宮御所から学習院まで車で通っていました。

 

そんな迪宮に対して乃木はこう言います。

「雨の日でもコートを着て歩いて通うようにしなくちゃいけない」

迪宮はどんな天候でも歩いて登校するようになりました。

昭和天皇は人格形成に最も影響があった人物として乃木の名前を挙げています。

乃木希典の最期

1912年7月29日、明治天皇が崩御。

乃木にとって明治天皇は生きる意味を繋ぎとめていた唯一の存在です。

明治天皇の崩御により迪宮は皇太子となります。

 

その皇太子の元を乃木は9月10日に訪問。

皇太子に謁見した乃木はこれまで以上に勉学に励むこと、身体を大切にすることを諭します。

普段と違う様子に皇太子は「院長閣下はどこへ行かれるのですか?」と尋ねたという。

 

9月13日に明治天皇の国葬、大喪の礼が執り行われました。

午後8時に号砲が鳴り響き5頭の牛にひかれた明治天皇の霊轜車れいじしゃ葬場殿そうじょうでんに向けて出発します。

そして乃木は妻の静子と自刃。

乃木の死後には下関市や那須塩原市に乃木神社が建てられます。

乃木は殉死を経て神様となったのです。

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乃木希典のまとめ

今回は乃木希典について解説しました。

日本は明治時代に様々な戦争を乗り越えて近代国家の仲間入りを果たします。

その背景には乃木の功績があったことを忘れてはいけません。

大転換を迎えている今の世の中。

乃木希典という武士道精神を体現した男の生き様からは何かを学べるのではないでしょうか?

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